高重量ベンチプレスで「神経」を鍛えるとは?
──筋肉だけでは重量が上がらない理由
「ベンチプレスの重量を伸ばすには、筋肉を大きくすればいい」
これは間違いではありません。
胸、肩、上腕三頭筋などの筋肉が大きくなれば、より大きな力を発揮できる可能性は高くなります。
しかし、ベンチプレスのMAX重量を追求していくと、それだけでは説明できない現象が出てきます。
- 筋肉は増えたのにMAXがあまり伸びない
- 普段は100kgを軽く挙げられるのに、110kgになると急に動かない
- 同じ筋力なのに、ベンチプレスが上手い人のほうが重い重量を挙げられる
こうした現象を考えるときに重要になってくるのが、いわゆる「神経系」です。
ただし、「重い重量を持てば神経が強くなる」という単純な話ではありません。
この記事のポイント
ベンチプレスの神経系トレーニングとは、持っている筋力をベンチプレスという動作の中で、より強く・正確に・再現性高く発揮できるようにしていくことです。
高重量トレーニングでは神経系の適応だけでなく、筋肉の変化、運動学習、筋肉同士の協調、力を発揮するタイミング、ベンチプレスという動作への特異性など、さまざまな要素が関係します。
- 筋肉を大きくするだけではMAX重量は決まらない
- 神経系は筋力を適切に動員し、力を発揮することに関係する
- ベンチプレスを繰り返すことで動作の協調や運動技能が身につく
- 高重量を扱う経験は重要だが、「高重量=神経系」と単純には考えない
- 筋肉・神経・技術・運動学習・特異性を一つのシステムとして考えることが重要
この記事では、高重量ベンチプレスにおける神経系の役割について、ベンチプレスを長年続けてきた吉川望の考え方をもとに解説します。
筋肉が大きい=MAX重量が高い、ではない
まず大前提として、筋肥大はベンチプレスの最大筋力を伸ばすための重要な要素です。
胸や肩、上腕三頭筋などが発達すれば、力を発揮するための「エンジン」が大きくなります。
しかし、エンジンが大きくなったからといって、その力を100%ベンチプレスに使えるとは限りません。
例えば、同じような筋肉量を持つ2人がいたとしても、ベンチプレスのMAXが同じになるとは限りません。
なぜならベンチプレスは、単純に胸の筋肉だけで押す種目ではないからです。
肩、肘、手首、背中、体幹、脚などを含めて、身体全体を一つの動作として協調させる必要があります。
そして、重い重量になればなるほど、
「どの筋肉を、どのタイミングで、どの程度使うか」
ということが重要になります。
ここに神経系の適応が関係してきます。
「神経を鍛える」とは何なのか?
トレーニングの世界では「神経を鍛える」という言葉がよく使われます。
しかし、実際には神経そのものが筋肉のように大きくなっているわけではありません。
より正確に言えば、筋力トレーニングによって、次のような変化が起こります。
- 運動単位をより適切に動員する
- 筋肉へ送る神経的な指令を高める
- 複数の筋肉を協調させる
- 力を発揮するタイミングを学習する
- 特定の動作に対する運動技能を高める
つまり、
「持っている筋力を、実際の動作の中でより上手く使えるようになる」
というイメージが近いでしょう。
これを高重量ベンチプレスに当てはめてみます。
① より多くの筋力を動員できるようになる
筋肉は、常にすべての力を一度に使っているわけではありません。
身体は状況に応じて、必要な筋線維や運動単位を動員しながら力を発揮しています。
特に高重量を扱う場合には、より大きな力を発揮する必要があります。
そこで重要になるのが、
「どれだけ適切に筋力を動員できるか」
という部分です。
例えば、普段100kgを扱っている人が初めて120kgに挑戦したとします。
筋肉そのものが一瞬で20%大きくなることはありません。
それでもトレーニングを続けることで、以前は発揮しきれなかった力を、より適切に発揮できるようになることがあります。
これが、筋力トレーニングにおける神経適応の一つです。
② 筋肉同士の「連携」が上手くなる
ベンチプレスは「胸で押す種目」と説明されることがあります。
もちろん大胸筋は重要です。
しかし、実際の高重量ベンチプレスでは、大胸筋だけでは重量は動きません。
三角筋、上腕三頭筋、広背筋などの周辺筋群、さらに体幹や下半身まで含めて身体全体を安定させる必要があります。
ここで重要なのが筋肉同士の協調です。
高重量ベンチプレスでは、筋肉を一つずつ強くするだけでなく、身体全体を一つの動作として連携させることが重要です。
- 胸で受ける
- 背中で土台を作る
- 脚で身体を安定させる
- 適切なタイミングで押す
- 肘を伸ばして最後まで重量を運ぶ
こうした一連の動作を、バラバラではなく一つの動作として行います。
これは単純な筋肉量だけでは決まりません。
ベンチプレスを繰り返すことで、身体はその動作に必要な協調関係を学習していきます。
③ 「重い重量を扱う技術」が身につく
ここが高重量ベンチプレスを語るうえで、非常に重要なポイントです。
100kgと140kgでは、同じベンチプレスでも身体に求められるものが違います。
軽い重量なら多少フォームが崩れても挙がるかもしれません。
しかしMAXに近づけば、ほんの少しのズレが失敗につながります。
高重量になるほど、
- バーをどこに下ろすのか
- どの角度で肘を動かすのか
- 胸で受けたあと、どの方向へ押すのか
- 肩甲骨をどう固定するのか
- 脚や体幹をどのように使うのか
- 自分にとって最も力を出しやすいバーの軌道はどこなのか
といったことが重要になります。
こうしたことは、実際にベンチプレスを繰り返すことで身についていきます。
これは単に「神経が強くなる」というより、
運動学習や動作特異性
として考えたほうが正確です。
④ 力を発揮する「タイミング」が重要
高重量になるほど、力を出すタイミングも重要になります。
| 局面 | 動作 |
|---|---|
| ① | 下ろす |
| ② | 胸で受ける |
| ③ | 切り返す |
| ④ | 押し上げる |
| ⑤ | ロックアウトする |
それぞれの局面で、身体が適切に力を発揮できなければなりません。
特にMAX付近では、
「筋力はあるのに、力を出すタイミングが合わず失敗する」
ということも起こります。
逆に言えば、身体が適切なタイミングで力を発揮できるようになれば、同じ筋肉量でもベンチプレスの重量が伸びる可能性があります。
筋肉があるのに重量が伸びない。その原因は「筋力不足」だけとは限りません。
持っている筋力を、ベンチプレスの動作の中でどれだけ効率よく発揮できるか。この視点を持つことが、重量を伸ばすうえで重要になります。
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では、「高重量を持つほど神経が鍛えられる」のか?
ここは少し注意が必要です。
「神経を鍛えるために1~3回の高重量をやる」という説明をよく聞きます。
実際、高重量トレーニングは最大筋力を伸ばすうえで非常に重要です。
ただし、
「低回数=神経、高回数=筋肉」
と完全に分けることはできません。
低回数の高重量トレーニングでも筋肉への刺激はありますし、高回数のトレーニングでも神経系の適応は起こります。
重要なのは、
「どの能力を、どの動作で、どの程度の負荷を使って鍛えているのか」
です。
例えばボディビル的に筋肉を大きくすることが目的なら、筋肥大に適したボリュームを確保することが重要になります。
一方、ベンチプレスの1RMを伸ばしたいのであれば、実際のベンチプレスで高い力を発揮する練習も必要になります。
つまり、
筋肉を作るトレーニングと、その筋肉をベンチプレスで使うトレーニングは、どちらか一方ではありません。
両方が関係しています。
「筋肉 → 神経 → 高重量」という単純な順番ではない
ここも誤解されやすい部分です。
よく、
- まず筋肉をつける
- 次に神経を鍛える
- 最後に高重量を持つ
という順番で説明されることがあります。
しかし、実際のトレーニングはそこまで単純ではありません。
筋肥大、神経適応、運動学習、技術、特異性は、互いに影響しながら進んでいきます。
例えば初心者がベンチプレスを始めた場合、筋肉が大きくなる前から重量が伸びることがあります。
これは筋肉の成長だけではなく、
- 動作を覚えた
- 身体の使い方が上手くなった
- 力を発揮するタイミングが良くなった
といった変化も関係します。
逆に、長年トレーニングをしている人の場合、筋肉を増やすことによってさらに大きな力を発揮できるようになることもあります。
そして、その筋力をベンチプレスという競技動作に落とし込むために、さらに技術的な練習が必要になります。
だからこそ、
筋肉と神経と技術は、別々のものとして切り離すより、一つのシステムとして考えたほうが分かりやすい。
私はそう考えています。
ベンチプレスにおける「神経」の役割
ここまでを、できるだけシンプルにまとめるとこうなります。
| 要素 | 役割 |
|---|---|
| 筋肉 | 力を生み出すための能力 |
| 神経系 | 必要な筋力を適切に動員し、指令する能力 |
| 運動学習・技術 | その力をベンチプレスという動作に変換する能力 |
| 特異性 | 実際のベンチプレスで必要な能力を、ベンチプレスそのものによって磨いていくこと |
だから、ベンチプレスのMAXを伸ばしたいのであれば、
「筋肉を大きくする」だけでも、
「神経を鍛える」だけでも足りません。
筋肉を作り、その筋力を発揮できるようにし、その力をベンチプレスという動作に落とし込む。
この繰り返しが、最終的にMAX重量を押し上げていきます。
高重量ベンチプレスは「力」だけの勝負ではない
ベンチプレスを始めたばかりの頃は、
「胸の筋肉が強ければ重量が上がる」
と思うかもしれません。
しかし、重量が伸びていくほど、それだけでは説明できない部分が増えてきます。
100kgを挙げるための身体と、150kgを挙げるための身体では、単純に筋肉量だけではなく、次のような能力が求められます。
- 力を出す能力
- 力を伝える能力
- 身体を安定させる能力
- 動作を再現する能力
- 高重量下で力を発揮する能力
そして、この「高重量下での動作を繰り返し学習する」という部分に、ベンチプレスという競技の面白さがあります。
「神経を鍛える」という言葉を、もう少し正確に使うなら
私は「神経を鍛える」という言葉自体を否定する必要はないと思っています。
トレーニング現場では非常に便利な言葉だからです。
ただし、その言葉だけで全てを説明してしまうと、少し誤解が生まれます。
「高重量を持てば神経が強くなる」
ではなく、
高重量を含む適切なトレーニングによって、身体はより大きな力を発揮し、その力を特定の動作の中で効率よく使うために適応していく。
その中には、神経的な適応だけでなく、筋肉の変化、運動学習、技術、協調性、動作の特異性など、さまざまな要素が関係しています。
だから私は、
「神経を鍛える」
という言葉を聞いたときには、
「自分が持っている筋力を、ベンチプレスという動作の中で、より強く・正確に・再現性高く発揮できるようになること」
と考えると分かりやすいと思います。
最後に
ベンチプレスの重量を伸ばすために必要なのは、単純な筋肉量だけではありません。
筋肉を作る。
力を発揮する能力を高める。
ベンチプレスの技術を磨く。
高重量での動作を経験する。
その動作を繰り返し、再現性を高める。
そして、また重量を上げる。
このサイクルを繰り返していくことで、少しずつ自分の「持っている力」と「実際に挙げられる重量」の差が小さくなっていきます。
だからこそ、ベンチプレスという競技では、
「筋肉があるのに弱い」
ということも起こるし、
「見た目以上に強い」
ということも起こります。
その差を生み出しているのは、神経系だけではありません。
筋力、筋肉、技術、運動学習、協調性、特異性。
それらすべてが組み合わさって、1回のMAX重量になります。
ベンチプレスのMAXとは、筋肉量の数字ではなく、自分の身体が持っている能力を、どれだけ正確にバーベルへ変換できるか。
高重量ベンチプレスの面白さは、そこにあります。
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